国会議員マップDEMO

下野六太

しものろくた公明
参議院
選挙区
福岡県選挙区選挙区
AIによる ひとこと特徴

教職の専門性と教員の働き方改革に力を入れ、自身の30年の教職経験を基に現場視点の質疑を展開する。

プロフィール

発言から抽出された関心領域

教職の専門性×1教員のやりがい×1教育現場の勤務負担×1教職調整額×1教職員の働き方×1教育基本法×1

発言(最新順)

AIによる多視点要約(事実要約・支持的視点・批判的視点)

⚠️ 本要約は、国会会議録の発言原文をもとに AI(Claude Haiku 4.5) が自動生成した参考情報です。発言者本人の見解を代弁するものではなく、正確な内容は必ず原文をご確認ください。

要約に誤りがある場合は、訂正依頼フォームよりご連絡ください。

  • 2025-06-09決算委員会

    (AI要約は未生成)

    発言原文を見る

    ○下野六太君 公明党の下野六太でございます。  政治は、悩んでいる人、困っている人、苦しんでいる人を見付けて、そこに寄り添って手を差し伸べてしっかり課題の解決をしていく、これが政治にとっては最重要ではないかというふうに思っております。そのために政治はあるのではないかと思っておりますが、まず質問に入る前に確認なんですけれども、国民の皆さんが今一番悩んでいる、苦しんでいるのは物価高騰だと私は思っておりまして、その中であって一番のやっぱり苦しみは米の急激な価格高騰で、昨年の夏から半年以上の長きにわたって、国民の皆さんが、声を聞くと、やっぱり疲弊をしております。  それに対しまして、公明党がこの米の価格高騰に対しては様々な形で政府と農水大臣に提言をさせていただきましたので、その確認をまずさせていただきたいというふうに思っています。  まず、一点目。備蓄米の放出を高橋議員等を中心に提案をさせていただきました。昨年の十二月の農水委員会で備蓄米放出を提案し、今年一月三十一日に政府は備蓄米放出を決定。そして、総理は、五月十九日の参議院予算委員会の中で、公明党から指摘をいただいた、これが備蓄米放出のきっかけになった、大変有り難いというお言葉を、答弁をいただきました。  そして、二点目。随意契約を、競争入札を経ずに国が決めた金額で直接契約を結ぶこの随意契約、これを提案をさせていただきました。公明党は五月二十三日に、小泉大臣に緊急提言、要請を角田農水部会長を中心に持っていきました。私もそこに参加しようと思ったんですが、別の会合があった関係で、角田部会長には大臣に直接伝えてほしいと言ったのがこの随意契約の話でありました。店頭で五キロ二千円台で販売するための随意契約を提案をさせていただきました。これに対して農水大臣は、五月二十八日の衆議院農水委員会の中で、随意契約という手法を提案した公明党の新しい発想の下で様々な議論が生まれ、活用につながったというふうに答弁いただいたと思っています。  それから、三点目。輸送費は国が負担をすること。中野国交大臣が省内に備蓄米物流支援室を設置。小泉農水大臣は、備蓄米の円滑な流通に向けて中野国交大臣が業界団体に呼びかけたことに対し、頼んだらすぐ動いてくれた、本当に感謝しているということを言っていただいたというふうに認識しております。  まだこの問題については終わったわけではありません。引き続き、公明党は、国民の皆様の悩み、苦しみに寄り添い、課題の解決に向けてしっかり努力をしていきますので、どうかよろしくお願いを申し上げたいと思います。  それでは、早速質問に入らせていただきます。  三月六日の予算委員会の中での総理の答弁、それは、私が自立塾を復活させていくべきではないかということに対しては、総理は温かな答弁をいただきました。単に復活させるということではなく、バージョンアップをさせていくということについての進捗状況と、今後の計画を問いたいと思います。厚労大臣、お願いします。

    出典:国会会議録 ↗
  • 2025-06-05文教科学委員会
    #教職の専門性#教員のやりがい#教育現場の勤務負担

    発言者は教職を聖職ではなく専門職と捉え、水泳指導で苦手な生徒を全員泳げるようにした実例を通じて、研究と修養を通じた専門性の追求が教職の大きな魅力であると述べ、文部科学大臣の見解を求めた。

    発言者は体育教育における具体的な成功事例を紹介し、教員の専門性追求の重要性を論じている。同時に、実現のために多くの時間外労働と個人負担を伴っていたことも述べられている。

    発言原文を見る

    ○下野六太君 ありがとうございます。  そのような中で、では、参考人の皆さんとの、意見陳述等の中であった聖職ですね、聖職と専門性についてどういうふうに私は考えてきたかというと、私は教職を聖職と自分で考えてきたことは余りない、私は、極めて専門性が必要となる専門職的な意味合いで私は捉えてきました。その中にあって、やはり先ほども申し上げたように、夢とか希望とかを持って挑む、そしてその夢と希望を実現をしていく、そこに教職の大きな、大いなる魅力があるのではなかろうかというふうに思ってきました。企業でいえば歯車的なところで、だから、教師には、授業の手だて、学級経営も任せていただいているというところに、ほかの民間企業とは大きく違う魅力が私はそこにあるんだと思っておりました。  その中にあって、私は二十歳のときに一流の体育の教師になるという夢を描いて、人生の目標を掲げてそれで教職に飛び込みましたが、教育現場に入ってみたら、一流どころか普通にもなれていない自分と向き合わねばならず、三年間ぐらいもう地獄の苦しみでした。毎朝学校の前で、校門の前でUターンをして帰りたい、そんな時期が三年ぐらい続いて、円形脱毛のはげがもう三か所もできて、もう倒れる寸前でありました。  そういう中にあって、やはり教師に掛かる過度なストレスというのは非常にあるんだと思っておりましたが、その中にあって、絶えずやはり研究と修養に努めなければならないというこの一言が、一文が、やはり自分の中で、常にいい授業をしよう、目標である一流の教師になりたい、こういうところで、例えば教師になって十年過ぎた辺りに、水泳で何とか、一番その子供たちが苦手としている単元の中で水泳だけが、学校を休んでしまう、あるいは仮病を使ってプールに入らない、そういうことが起こり得る単元だったんですね、苦手な子にとっては。  ならば、公立、公教育の一端を預かる人間としては、教師としては、この水泳から問題解決に挑もうと思って、それで放課後に誰もいないプールで自分一人で練習に行くわけですね。練習に行くんですけど、子供たちは放課後、完全下校で帰った後、一人で行くでしょう、先生たちは、職員は残っているので、一時間して私が帰ってこなかったら何かあっているかもしれないから、ちょっと気にして見に来てくれとか、まあそんな状態でずっと練習を十日間ぐらいやって、それで、ああ、人間は例外なくみんな泳げるようになるんだということを見付けて、それを子供たちに丁寧に当てはめていったら、子供たちがあれよあれよという間に泳げるようになって、それから、でもしかし、五年掛かりました。  五年掛かって、二〇一〇年には教えている学年の子供たち、中には特別支援学級在籍の知的障害、情緒障害の子も含め、一人の例外も出さずにクロールで千メートル泳げるようになりまして、そして、平泳ぎは全員八百メートル、夢だと言っていたバタフライも全員が二十五メートル泳げるようになって、子供たちがバタフライを含む個人メドレーを全員ができたときに、子供たちが最後に、水泳の授業の最後に、単元の最後に感想を自由記述で書くんですね。その末尾がほとんど判で押したかのような同じ内容になってきました。そこには私は感謝と喜びがつづられるものだと思っていたら、それは感謝でも喜びでもなかったんですね。感謝や喜びは真ん中辺りにあって、まさかこんなに泳げるようになるとは思っていませんでした、先生ありがとうございました、真ん中辺りで。末尾はほとんど同じ内容。それは何だったかというと、だから、今回得たこの水泳の喜びを今度は数学で味わいたい、今度は英語で味わいたい、苦手だと思って諦めていたことにも挑戦をしたいという決意だったんですね、目標だったんです。  だから、子供たちにとって、私は、学校とはそのような形であるべきだということを子供から教えられました。だから、教えているつもりであっても教えられたなということは改めてそのときに、大きい、そこが私は衝撃的な感じでありました。  だから、水泳から始まっていったことを、これを、苦手としている生徒が多かったマット運動、それからハードル走に始めて、全ての運動単元で最初と最後が別人のようになるような学習指導方法を確立をして、そして最初の一時間目をビフォービデオ、最後の一時間取ったビデオをアフタービデオとして全員のビフォーアフタービデオを最後の一時間で見ることができるような、こういうふうな形を確立をすることができて、このビフォーアフタービデオを作るときは、最後のアフタービデオを撮影して、その視聴するのがその翌日だったりするわけですね。そうすると、その翌日にある授業に、二こま、三こまの授業がある場合は、そのレンダリング、編集してそれをコンピューターに命じて整えるだけで大体一時間半とか二時間とか掛かっていたんです、当時。だから、ほとんどその前の日は徹夜をしていたような、そういうふうな段階でありました。  しかし、身体的には苦しくても、精神的には大きな喜びに包まれていました。これを見たら子供たちがどんなに喜んでくれるだろうかと、というようなことを全ての運動単元で確立をすることができるようになっていきまして、それで、全ての運動単元でそのような授業を確立することができたんですけど、だけども、その最後に体育科通信を単元ごとに発行するときに、やはり大量な紙と印刷代が掛かっていったようなことは、教育現場としては紙代の不足とかインク代の不足とか、そういったところ等を手出しをしていったようなときもありました。  そういった、こういう専門性を追求していくということができるというのが教師の大きな魅力だと考えておりますけど、大臣の見解を伺いたいと思います。

    出典:国会会議録 ↗
  • 2025-06-05文教科学委員会
    #教職調整額#教職員の働き方#教育基本法

    下野議員は自身の中学校30年間の教職経験から、教職調整額が若い教師の研究・修養活動を支援する重要な仕組みであると述べ、教育基本法に基づく教師の使命遂行と待遇の関係について大臣の見解を求めた。

    教職調整額は教育公務員特例法に基づき、勤務時間内外の職務を包括的に評価する制度である。発言は個人経験に基づく制度の価値認識であり、その改正の具体的影響については別途検討が必要である。

    発言原文を見る

    ○下野六太君 是非そのような形で配慮をお願いしたいと思います。  続きまして、教職調整額と残業についてお伺いしたいと思いますが、教育公務員特例法の中で、教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければ、努めねばならないとある。私は、ここが民間の企業で働く皆さんとは違うところではないかというふうに思っています。この基となるのが、教育基本法からこれが出ているというふうに思っておりますが、ここの部分を、私は教職調整額というところで、中学校で三十年間勤務してきたときに私は守っていただいたなというふうに改めて思っているんですが。  どういうことかというと、若い先生が、この教職調整額なかったとしたら、ないとして、残業を管理職に言って認めてもらうかどうかというところで、その若い先生は自分が今からやろうと思っている残業が、それは管理職の目指していく学校経営上の中にあってそれが残業として認められるかどうかというようなことに関しては自信がないんです、それが、自分がやろうと思っていることがですね。だから、それをちょっと残業というのはおこがましいとか、これは残業に値しないんじゃないかとか、でもやりたい、そういう気持ちでいる。私はそうでしたから。だから、それを残業というふうには、認めてもらうにはちょっとどうかなというのが若い先生たちの中にはあると思います。だから、それを教職調整額というような形で私は守ってきていただいたんではないかなというふうに思っておりますが。  その中で、やはり教育基本法の中で、その使命と職責の重要性に鑑み、その身分は尊重され、待遇の適正が期せられるとともに、養成と研修の充実が図られなければならないというところだろうと私は認識しておりました。だから、教師になって五年、五、六年ぐらい、十年ぐらいはそんなにいい授業はできていなかったなと、今もって反省、何か赤くなるような気持ちがあります、いい授業はちょっと難しかったな。  だけども、今のこの教育基本法にあるように、使命と職責の重要性に鑑みて、その身分は尊重される、そして待遇の適正が期せられるというようなことがこの教育基本法の中できちんとやっぱり保障されているというようなことが、私は教師が教育公務員として存在するその価値ではなかったかというふうに思っております。  そういった意味で、若い先生にとって、自分の今からやろうとする、例えばですね、例えばこういうことなんですよ、中学校でいえば、完全下校が終わって、帰ってしまわないとできないんですよ。例えば、マット運動の研究、水泳の、プールでの研究。常に研究と修養に努めなければならない。だけども、生徒がいる間は、生徒のやっぱり命を預かっているわけですから、自分のことを先に優先してするわけにはいかないんですよ。だから、生徒が帰ってしまわないとできなかった。だから、生徒が帰ってしまうとなると、当然、その労基法的な考え方になると、残業の時間に値するわけですね。だけども、それはやっぱり、教師、教職という職責の中において、夢と希望を持って教育に従事しようとする、使命を果たしていこうとする教師がいるんだということなんですね。だから、だけども、自信がない、これは残業に値するかどうかということ、やってみないと分からないというところがあって、それでも挑戦をしたい。  だから、そういったところを全体的にその教職調整額が、勤務時間の内外を包括的に評価する仕組みである教職調整額があることが有り難かったなというふうに思っておりますが、これがやはり五十年ぶりに少しずつ改正をされていくということは私は有り難いことではないかなと思っておりますが、大臣の見解を伺いたいと思います。

    出典:国会会議録 ↗
  • 2025-05-27文教科学委員会

    (AI要約は未生成)

    発言原文を見る

    ○下野六太君 公明党の下野六太でございます。  四人の参考人の皆様、大変お忙しい中にありがとうございました。勉強になりました。私は中学校で三十年間体育の教師を行ってきておりまして、非常に勉強になりました。  時間が、皆様にたっぷりお伺いしたいところなんですが、十分間しかない時間で大変申し訳ないと思っております。  ちょっと佐藤参考人中心に質問させていただきたいと思います。  妹尾参考人がおっしゃった学校の先生方がウエルビーイングである、ハッピーであるということが非常に重要であるということは全くおっしゃるとおりだと思います。その状態をつくらねばならないというふうに思っております。  その中で、本日、佐藤参考人が福島市での取組を様々な形で発表していただきまして、もう感銘を受けた次第であります。感動を覚えております。その中にあって、解は無限にあると、マイナスはプラスにしていくということで、教師集団というのは、今ある実態からスタートをして、そして、この環境下の中で今ある子供たちの実態を踏まえ、その環境下の中で最大の力をどのような手だてを打てばそれが実現できるのかということを常に考えてきたのが学校の先生たちではないかと思っておりますが、また、自治体としても同じことを今、立場は違えどもされていらっしゃるんじゃないかなというふうに思っております。  細かいことを聞き出すとたくさんあり過ぎてしようがないんですが、まず、たくさん細かいことあるんですけれども、一番お伺いしたいことを先に幾つか尋ねたいと思います。  恐らく、働きがい、働きやすさについての声が高まっていると思うんですが、他市から、他市からやってこられた先生方の声がどんな声であるのか、また、意欲ややる気にどのような形でつながっているのかということをお伺いしたいと思います。  それ、まず、幾つかもう先に全部言いますね。  学校数が中学校十九、小学校四十とたくさんある中で、恐らく現場の先生方は、教育長には我が校にも来てほしいとか懇談したいというような声もあるのではないかと思っておりますが、もっと現場の先生方と懇談をする機会をつくってほしいなと、これは要望に近いところであります。  その中で、非常にいい取組と思いましたのが、部活サポート職員制度の職員採用の取組ですね。この中で、今現在、中学校が十九あるわけで、まだ始まったばっかりで今からだろうと思うんですが、これから計画として職員をそういった形で増やしていく計画があるのでしょうかということですね。  それから、テストの採点業務が効率化、ICT化をされているかどうかということが資料からはちょっとうかがえませんでしたので、働き方改革、ここまでやっていらっしゃるんであればICT化ができればいいのではないんでしょうかと思いましたが、いかがでしょうか。  それから、市長と教育長の連名で市民の皆様宛てのメッセージ、これはすばらしいことだなと思って、私はどの自治体もこういうメッセージを発信するということは非常に重要ではないかと思っておりますが、これに対する反応はどうなんでしょうかということです。  それから、コミュニティ・スクール、学校運営協議会というような少しワードで出てきたように思いましたが、コミュニティ・スクールは全市、市内、全ての中学校で、小学校で導入ができていてこの状況なのかということをお伺いしたいと思います。  済みません、たくさんあって申し訳ないんですけど、答え得る範囲でお願いしたいと思います。

    出典:国会会議録 ↗
  • 2024-12-19文教科学委員会
    #多様性教育#協働学習#居場所形成

    福岡市東光中学校の視察経験から、生徒が相互に多様性を認め合い、横の関係で協働的に学び合う教育実践が、不登校傾向の生徒も含めて教室を居場所にし、企業からも評価される人材育成につながっていることを報告し、このモデルの全国展開を文科省に求めた。

    発言者は東光中学校の実践例を通じて、多様性の承認と協働的学習が学校の居場所機能と生徒指導に効果を持つと述べており、文科省の見解を求めている。このアプローチの一般化には学校規模や地域特性等の要因検討が必要である。

    発言原文を見る

    ○下野六太君 ありがとうございます。  もうしっかりと、当初の目的が達成されていくように、独り歩きしてしまって、これが自治体間の過度な競争にならないような方向で十分な配慮をいただきたいというふうに思っております。  次に、多様性を認める取組について伺いたいと思います。  学校は、多様性を認め合える場所、助け合える場所にせねばならないと思います。福岡市の東光中学校に先日から何度も授業の視察等で訪問させていただいておりますが、非常に感銘を受けております。それはどういうところかというと、学校の行事の中で大きな行事である体育祭に全員参加をしております。そして、どの学校にも今用意しているのが、教室に入りづらい生徒の居場所として、いわゆる学校ごとによって、自治体によって名前は変わっていますが、ステップルームというような名前の場所が、空間がどの学校も用意されています。そこにも行きました。居心地のとってもいいようなソファーや壁、壁紙等も、こういう無機質な感じではなくて、温かい雰囲気で用意しています。  しかし、そこには生徒は誰もいませんでした。なぜか。教室が居場所になっているからです。用意した、その不登校や生きづらさを抱えている子供たちは、学校に来たときに居場所は教室になっています。そのステップルームが居場所にはなっていないという、そういう状況であって、じゃ、学校でどういった教育がなされているのか。それは、子供たちがお互いの多様性を認め合える、認め合った上で、学び合いが当たり前に毎時間の授業で行われているというようなことでありました。  この学び合いの今までのイメージは、分かっている子が分かっていない子に教える上下の関係が今までの学校教育の中でのいわゆる学び合いだというふうに、私もそう思っていましたし、多くの方もそう思っているんじゃないかと思っていますが、この東光中学校では、なかなかまだ分かっていないかもしれないであろう仲間同士が知恵を振り絞りながら問題解決に向けて一緒に汗を流しながら教え合おうと努力している、これが非常に横の関係として、上下の縦の関係じゃなくて、横の関係がどこの教室に行っても見られました。  中には、こんなだらんとした姿をしている子もいました。やはり、しかし話を聞いてみると、家庭の中で様々な問題を抱えて、それでも学校に来ている、で、教室が居場所になって、そういう形でいてもみんなが受け入れている、おい、そこでそんな格好するなよとかっていうような指摘をする子がいないわけです。温かい場所に教室がなっているということで、学校が楽しいと言っているんですね。  その上で、企業に、進路学習の一環で企業に訪問したときに、企業の方がですよ、その東光中学校の生徒に、あなたみたいな子が我が社に入ってきてほしい、中学生に言うんですからよっぽどだろうなと思って、要するに、多様性を認めて、そして向上心を持って努力をするという、そしていろんな形で堂々としているような、そういうふうな人材が育ってきているのではないかというふうに思っています。  企業人の目はやはり確かだと思いますので、そういった学校は学びの多様化学校ではないけれども、普通の学校の中で大きな挑戦をされて、そして大きな成果を今上げてきておりますので、かつては福岡市の中でも指折りの荒れていた学校でありました。それが、やはり認め合う、学び合うということが当たり前になって、お互いを尊重するという心地よさ、教室が居場所になっていくということのすばらしさを教えてくれている、そういう学校でありますので、是非とも、そういったことについても文科省しっかり調べていただいて、文科省もそこからどのような形で普通の公立学校に展開をしていくのかということを進めていただきたいと思いますが、文科省の見解を伺いたいと思います。

    出典:国会会議録 ↗

投票記録

投票記録の取り込みは Phase 2 で対応予定です。
※ 衆参公式の本会議投票記録から取得します。

政治資金

政治資金収支報告書の取り込みは Phase 3 で対応予定です。
※ 総務省公開のPDFをOCR処理する必要があります。

口コミ(0件)

口コミは公人としての職務(街頭演説、事務所対応、政策、国会発言など)への評価のみ受け付けます。私生活への言及は禁止しています。 投稿前に投稿ガイドラインをご確認ください。